愛知新城大谷大学跡地利用

  • 2013.02.08 Friday
  • 23:38
今日は、寒い一日でしたね。外を歩いていると襟元や袖口から容赦なく寒風が吹き込んできました。

そんな厳しい季節に残念な知らせが届きました。愛知新城大谷大学の閉学式の案内です。

本大学は、平成11年に奥三河の高等教育機関として、さらに地域福祉の拠点としての期待のもと、多くの方々の尽力で開学しました。

その後、卒業生は、短期大学・短期大学部が623名、四年生大学が今度の3月予定者を含め251名を数えます。

私は、その中の7年間非常勤講師、客員教授として生活情報論を教え、福祉ボランティア部の顧問でもありました。

本当に楽しくやりがいのある仕事で、とくに学生が新城を中心とした役所や企業、福祉施設で今をなお活躍していることに誇りを持っています。

その時の学生から、今でも「先生!」と呼ばれると嬉しいとともに、このように閉校としてしまったことに申し訳なさを感じています。

非常勤の講師とはいえ大学関係者として、学長を始めとして職員一同が本気で再建に努力してきたことはここに伝えておきたいと思います。

・・・
なお、新城市は、撤退した跡地に看護学校を誘致することで決定したと公式発表がありました。

新城市が選定したのは、東京で単位制高校や医療系専門学校を運営するコーチング・スタッフとのことです。

交渉先を同社にした理由は、開校までに投資できる資金力▽計画具体性やその実現可能性▽若い年齢層が集まる可能性のある提案▽養成した看護師らが新城をはじめ三河地域に定住するなど地域貢献が見込める― など(東日新聞 記事より)

学生募集では高速道路にスクールバスを走らせ、広域から学生を集める計画とのことです。

この点、近隣にも日赤豊田看護大、豊橋創造大学看護学部、浜松医科大看護学部と聖隷クリストファー大学看護学部などがある中で、高速道路スクールバスで来てくれるのかという不安を感じるのは私だけでしょうか。

また、平成26年4月開学をめざすということですが、これは1年で開学ということで、私も経験上、新しい学生を募集要項するのは新年度早々には動く必要があることを考えて、もう印刷物はできていないといけない時期となります。

別に計画に水を注すつもりはありませんが、この奥三河に高校後の学校は必要であるとともに福祉専門家の拠点が必要と考え、何とか成功して欲しいという思いからの心配です。取り越し苦労であることを祈ります。

新城市は、何者から公正に慎重に業者を選定したということですので、その選定責任をしっかりと果たして頂きたいと思います。

愛知新城大谷大学の近況

  • 2010.09.10 Friday
  • 23:13
 新城市議会における滝川議員の一般質問を受け、久しぶりに「愛知新城大谷大学」の名が新聞出ました。感謝。

 大学の今の状況は、新城市長の手にボールが握られてどこへも投げられずに止まったの状態です。

 大学を愛し今後への期待を捨ててない者の一人として、動向に注視していきます。

 この機会に、愛知新城大谷大学の問題を整理したいと思います。
 経過を振り返りますと・・・

H11)短大開学。H16)四大開学。
 当初は、就職率100%を誇り、出前講座も盛んで地域貢献を果たしていた。
 徐々に学生の福祉志向が弱まる中、募集が困窮。

H19)大学側は、「こども福祉(保育)」、「看護」、「スポーツ」など、新学部構想の手を打とうとするが、尾張学園の慎重姿勢で頓挫する。

H20.2.28)尾張学園の理事会で平成21年度からの募集停止が決議された。

H20.4.28)理事会でとりあえず「平成21年度からの募集停止は執行停止」となった。
 ここから、「大学の存続」を進める三者協議会が市、学園、大学で始まったが、・・・進展なく過ぎた。

H20.7)この時期が、H21.4からの新体制のタイムリミットであったが、・・・進展なく過ぎた。

H20.11)新法人設置準備室が突然できた。ということは、存続はせず、尾張学園とは別の新法人を設置者として探すということか、とその時思った。これは大きな方向展開だが突然決まった。

H20.11.28)市長が記者会見で「大学が破綻の危機」と発言したことが新聞に掲載された。学長以下、大学関係者は寝耳に水で、信用破綻を心配した。この後、実際に合格者の辞退があった。

H21.4)市長は、H22.4新法人設置のためのH21.5の文科省の内諾が難しいと判断し、議会へ報告した。

H21年度は、募集活動停止したため、H22.4の入学式は無かった。
 つまり、新城市内で高等教育機関への入学するチャンスは消え、
 高校から進学する場合は、100%市外に行くしかない状況となってしまった。

 その後は、全く動きが無く、H22.9 に至る。
 過去のブログを拾って思いだすと、以上のような経過です。

 福祉の仕事がしたくて入学した学生、野球部での活躍を期待された学生、昔し果たせなかった大学での勉強をやり直す社会人学生、新城に家を買った大学関係者、アパートを建てた家主、おいしい食事を作ってくれた食堂の人など・・・多くの宝物を失おうとしてます。

 これからできることは、「新法人を見つけること」です。
 市長も大学の設置を進めると言われており、オファーもあるとのことです。

 オファーがあるということなら、公開コンペをやってオープンにして欲しいと思います。
 新城市のこの環境のよさを活かした、身の丈の大学が十分に経営できると思います。

愛知新城大谷大学の今日

  • 2010.07.08 Thursday
  • 23:24
 愛知新城大谷大学に久しぶりに行ってきました。
 門を入ってのたたずまいは以前のままで、掃除も行き届き綺麗でした。

 ほっとして、校舎の中に入って30分程いましたが、何か前と様子が違っていました。平日のお昼前というのに学生の姿が見えないのです。
 以前でしたら、楽しそうにおしゃべりをしたり、スポーツをしたりとキャンパスライフの一端がのぞけたものです。

 募集停止をして、現実に新入生がいないということは、こういうことになってしまうのかと驚かされました。
 このような状況で、教務を行う職員や先の見通しのない中で勉強する学生の心中を考えるとやりきれない思いです。

 新城市は、新法人設置に向け努力すると公言していますが、最近は全く音沙汰ありません。
 別の動きとして、市役所新庁舎建設の動きは聞こえてきます。

 7月8日の東愛知新聞では、高校野球愛知大会の特集がありました。
 その中には、公式戦初挑戦という新城の黄柳野高校や蒲郡の海陽学園の選手の元気な顔が掲載されていました。
 大学でも4・5年前には、新しい野球部の活躍が期待されていたことを思い出しました。

 平成22年7月1日の新城市の人口は、50,834人。
 50,000人切るのも時間の問題の中、大学がなくなり大学関係者がいなくなればさらにダメージは大きいだろう。

愛知新城大谷大学のこと

  • 2010.03.25 Thursday
  • 23:55
 愛知新城大谷大学の卒業式が先日行われました。
 しかし、新年度の入学式は行われません。

 つまり、短大も四大も1年生がいなくなります。
 短大は最終学年の2年生だけになりますから、もう一年すれば学生がいなくなります。
 
 今、大学は、このように募集を停止しながら、市は、一方で存続を模索していると聞いています。
 常識的に募集停止とは、廃校を意味します。

 もし廃校になったら、その後は存続ではなく、新設ということです。
 大学新設のハードルはとても高く、ましてや廃校させて新設では文科省も許可しないでしょう。

 つまり、短大を存続させるためには、学生がいる来年1年で手を打たなければなりません。
 新城を元気にするために藁をもつかむ思いで皆が各方面で努力しているなか、今あるこの成果を見殺しさせないようにしなければなりません。

 新年度になり、市がどのような努力をするのか注目して行きます。

 

愛知新城大谷大学について

  • 2010.02.01 Monday
  • 19:11
 先般、尾張学園から一方的に来年から授業がないので非常勤講師は頼まないとの通知が来ました。

 もともと、尾張学園から依頼されて、休日の土曜日を毎週返上しわずかな手当てで教えていたのです。
 自分の勉強のために行っていたことなので無くなってもいいが、確か、市の説明では今の生徒の勉学の質は変えないと聞いています。私の授業の2年生は来年度もいるのですが授業はどうなるのでしょう。心配です。

 尾張学園側から契約打ち切りの通達があり、これで正式に大学とは縁が切れ、今までの教職員の立場での制限も無くなり、これからは自由に大学問題について検証できます。

 1月31日の新聞報道では、穂積市長の呼びかけで大学の存廃をめぐり、清水学長が経過報告、市長が市の対応を地元行政、経済団体、同窓会、就業先など80人に説明したとのこと。

愛知新城大谷大を見つめ直した意見交換会
・まず、ここに経営者である尾張学園の出席がないのがおかしい。

・「もっとシビアに総括すべき」との意見があったと記事にあるが、その通りで、何を今更説明をしているか、3年前からやっていること。

・これだけの人をわざわざ集めるなら、新法人の学部構想を提示し意見を伺うべきと思います。

・何か市としての意見はないのか。意見を聞けば問題が解決するのか。何をやっているのか理解ができない。

・市長は「あと3年は在校生がいる」と言われたそうですが、最長は7年のはずです。まさか、適当に追い出すことはないと思いますが、勉学が不十分であれば留年させてしっかり教えてあげて欲しいと思います。

 いずれにしても廃校となれば、目の前にいる子ども達の将来と、奥三河の介護福祉の将来がかかった深刻な問題になりますので、もっと誠実に対応して頂きたいものです。

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